広島県知事の湯崎英彦氏とはいったいどんな人なのか。
イクメン知事として知られる湯崎英彦知事。
県職員が支給された現金10万円を県の財源にしたいと発言して話題となりました。
湯崎英彦知事の嫁や子供、著書に記された性格や経歴など、どんな人物なのか紹介します。
湯崎英彦はイクメン知事!1つ下の嫁と3人の子供持ち
湯崎英彦知事の奥さんは1つ年下。
大学の卒業旅行で北海道にスキーをしに行ったときに出会って今に至ります。
妻とは、大学の卒業旅行で北海道に行ったときに出会いました。
僕は卒業旅行でしたので、社会人になる直前、妻は大学3年生で、友達9人くらいと来ていました。
北海道では小さな宿に1週間ほど連泊したのですが、妻たちもそこに連泊していて、本当に偶然の出会いです。
妻は関西在住で、結構なお嬢様学校に通っていました。ですが、北海道まで飛行機ではなく、夜汽車を乗り継いで来ていました。
また、出会った宿は非常に小さく安い宿でした。
当時はバブル期だったのに、浮かれず、しっかりした女性だなと好感を持ちました。だまされましたけど(笑)。冗談です(笑)。
引用元:WOMAN Online
2012年の日経ウーマンのインタビューで奥さんとの出会いについて明かしていました。
しっかりとした清楚系で一目惚れしたのかもしれませんね。
湯崎英彦は育児に積極的なイクメン知事
広島県の湯崎英彦知事は3人の子供(長男・長女・次男)がいます。
2020年4月時点で、長男が中学3年生、長女が中学1年生、次男が10歳の小学生。
@jinkedakao そうですね!同じ誕生日。ちなみに、明日は長男の誕生日です。うちは家族全員9月下旬から10月生まれです。
— 湯崎 英彦 (@yuzakihide) October 26, 2010
湯崎家の家族はみんな秋頃が誕生日のようですね。
湯崎知事は2010年10月に第3子誕生で1ヶ月間育児休業を取得し、イクメン知事として知られました。
上の子2人が1人で学校や幼稚園に行ける年齢ではなかったので育休を取得したようです。
県の育児休業取得率が全国的に低いこともあって育休宣言をしました。
育児にもともと積極的に参加していたので育休をとってもいつもと変わらなかったとか。
フルタイムで休んだ訳でもないのですが、県知事が育休を取ったという事実が一人歩きして一時騒然としたそうです。
土曜日。県と包括連携協定を結んどるカゴメさんが、県庁の男性職員向けに料理教室を開いてくれたんよ。メニューは、オムライス、ミネストローネ、野菜生活ラッシー。
ほんで、これがわしの作ったオムライス。日曜日の夜は、家族5人分も作ったんよ! http://t.co/Wxdx2GA6A3— 湯崎 英彦 (@yuzakihide) May 19, 2015
育児に参加したり料理もしたりする湯崎知事。
奥さんとの仲について聞かれて、
「はい。いや、まぁ普通です(笑)」と答える辺り夫婦仲は良好みたいですねw
ただ奥さんから見て家事はまだまだらしく、効率悪く見えてイライラさせているそうです。
この辺りは湯崎知事も世の父親たちと同じかな。
次に湯崎英彦知事の経歴やご自身の性格について紹介します。
湯崎英彦の学歴・経歴!どんな性格?
プロフィール
湯崎英彦(広島県知事)
生年月日:1965年10月4日(54歳)
出身: 広島県広島市佐伯区(旧・五日市町)
湯崎知事の父親、湯崎稔氏は広島大学の教授。
原爆の社会的影響を研究していました。2つ上に兄がいる次男坊です。
学生時代(学歴)
- 1972年 3月 広島県五日市町立南保育所 卒園
- 1978年 3月 広島県五日市町立南小学校 卒業
- 1981年 3月 広島大学附属中学校 卒業
- 1985年 3月 広島大学附属高等学校 卒業
- 1990年 3月 東京大学法学部 卒業
- 1995年 6月 スタンフォード大学経営学修士
小学生のときは少年野球チームに所属。高校3年生のときに体育祭白軍団長をつとめました。
学生時代モテていたらしく、女子高の文化祭で吉川晃司さんににらまれたことを自慢しているとか。
職歴
- 1990年 4月 通商産業省 入省 機械情報産業局総務課 自動車課
- 1995年 6月 資源エネルギー庁 原子力産業課 課長補佐
- 1997年 5月 通商政策局 米州課 課長補佐
- 1998年 8月 米国ベンチャーキャピタル イグナイト・グループ出向
- 2000年 3月 通商産業省 退官 株式会社アッカ・ネットワークス設立 代表取締役CEO
- 2000年 12月 代表取締役副社長
- 2008年 3月 同社取締役退任
- 2009年 広島県知事初当選
- 2013年 再選
- 2017年 3選
大学教授の次男として生まれた湯崎知事。学歴も職歴も完璧です。
東大法学部から通産省へと進み、エリート街道まっしぐら。
国家公務員として順調にキャリアを重ねるも35歳のときに辞めています。
まだお子さんはいなかったとはいえ、通産省を辞めてベンチャー企業を立ち上げるなんてなかなかできませんね。
アッカ・ネットワークスはインターネット回線会社。
30~40代の方なら聞き覚えがあると思います。
光回線からの移行期、電話回線を使ったADSL回線を使った安価なインターネットサービスが主流でした。
アッカはその過渡期に重要な役割を果たしました。
それにしても文系出身なのに、国家公務員を捨ててよく通信会社立ち上げましたね。
湯崎知事はどんな性格なんでしょうか。
湯崎英彦は楽観的な性格
湯崎英彦知事は著書の中で「本質的に楽天家」と明かしています。
アッカネットワークスを立ち上げたのは、日本でインターネット環境を整備したいという使命感に燃えていたから。
安定した国家公務員を捨ててベンチャー企業を立ち上げる。確かに楽天家じゃなきゃできませんね。
ただリスクを冷静に計算するしたたかさも持ち合わせており、いかにもやり手だなと感じました。
官僚時代は遠慮のない性格で何でもずけずけいうタイプだったそうです。
1人で勝手に進めず周囲と協力しながら仕事やってたけど、、と締めてますが、思い立ったらやってしまう思いっきりの良さがあるんでしょう。
新型コロナウイルス救済金を県政策に活用と発言し物議
湯崎英彦知事は新型コロナウイルスの救済処置の給付金を県の政策に使いたいと発言しました。
理詰めで考えるタイプなので何の考えもなしに言ったと思えないですね。
翌日に「県職員の給付金を活用する」と発言したのを撤回。
しかし財政がひっぱくしていることには変わらず何らかの協力を求めたい考えは変わらないようです。
「県民のために身銭を切ってくれ!」
という心境だったのでしょうか。
給料を減らすのではなく給付金を活用するなら文句も言われないだろうという思惑だったのかもしれません。